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野村泰紀が61分で辿る、物理学のレイヤー地図

物理の理論には、なぜか「理論」という言葉がやたら付きます。ニュートン力学、特殊相対性理論、場の量子論、標準模型、超弦理論、大統一理論。どれも名乗りは立派なのに、互いがどんな関係にあるのかさっぱり分かりません。この対談は、TBS CROSS DIG with Bloombergで理論物理学者の野村泰紀氏(カリフォルニア大学バークレー校教授。素粒子論と量子重力)が、61分かけてその並び順を整理したものです。野村氏は計算論的宇宙論や量子重力の研究で知られる研究者で、専門の外へ向けて話すのがうまい人です。難しい理論の名前が並ぶのに、計算式は一つも出てきません。それでいて全体像が頭に入ってくる、そういう作りになっています。

私がこの対談から受け取ったのは、物理の入門でも最先端の紹介でもない、名前の読み方の話でした。どの理論が宇宙のどこを説明していて、どこがまだ白紙なのか。その地図の上で理論の名前を並べ直すと、難しく見えた謎の多くが、ただの言葉の混乱だと分かります。

61分で辿る物理学の地図

物理の理論は、いくつもの層に重なっています。上の理論は下の理論を含み、条件が揃えば下の理論の予測を再現します。地図にすると現在地はおおよそ定まっています。物質と力のミクロの世界は標準模型でよく説明でき、予測は観測とよく一致しています。この地図で測量が済んだ大陸は、今のところ標準模型の分だけです。標準模型は、物質を作る粒子と三つの力を一つの言葉で扱う体系です。

残りは白いです。重力を量子力学の言葉で書く量子重力は完成しておらず、有力な候補の一つが超弦理論ですが、それも観測で確かめられてはいません。さらに宇宙の質量の大半は、標準模型の17種類の粒子のどれにも当てはまらないダークマターが占めています。宇宙のエネルギーバランスは、通常物質が約5%、ダークマターが約27%、ダークエネルギーが約68%とされています(Planck観測衛星による2018年の成果)。その5%の中に、星も地球も、私たちも全部収まっています。完成した部分は、宇宙の中ではむしろ少数派です。

つまり私はこの地図を、完成済みの大陸より白紙の大陸が広いものとして読んでいます。白地をどの順で埋めるかが、今の理論家の仕事になっています。この地図を読むには三つの区別が要ります。現象と理論と理論の性質、言葉の意味の時代によるずれ、そして「理論」と名乗るものが理論とは限らないこと。

ポメラニアンとブルドッグと犬とお手のレイヤー

野村氏は冒頭、物理が分かりにくい理由を犬のたとえで出します。

ポメラニアンとブルドッグと、犬とお手と、どれが好きみたいな

[02:56]

ポメラニアンとブルドッグは犬の品種で、犬は種の名前で、お手は動作の名前です。品種と種と動作、レイヤーがそもそも違うのです。それを同じ列に並べて「どれが好き」と聞かれれば、答えようがありません。物理の用語も同じ構造で、現象の名前と理論の名前と、理論の性質の名前が断りなく混ざって並びます。だから混乱します。野村はこの並べ方を、答えの出ない問いの作り方として持ち出していました。私は、物理が難しいのは計算よりもこの名前の整理にあると思っています。実際、この対談では61分のあいだ数式が一度も出てこないのに、どの理論がどこを説明しているかは最後まで追えます。

現象と理論と性質の三つの層

三つの層を切っておきます。現象は自然の中で実際に起こっていることです。リンゴが落ちるのも、磁石にクリップが付くのも現象。理論はそれを数式で説明する枠組で、性質は理論が持つ特徴であって理論そのものではありません。

摩擦で例えるのが早いです。机の上でモノを滑らせれば摩擦が働きます。これは現象です。その背後には電磁気力があり、巨視的な摩擦はミクロには電磁気力の働きの結果として書けます。「摩擦」という言葉は現象の名前で、「ニュートン力学」という言葉は現象を説明する枠組の名前です。同じ並びに置くと、犬のたとえと同じ混乱が再発します。「重力の正体」という言い回し一つ取っても、現象の話なのか理論の話なのかで、答えられる話が変わります。

同じ言葉が時代とともに意味をずらす

面倒なのは、同じ単語の意味が時代とともにずれることです。野村氏が例に出すのは「やばい」です。

『これやべえ本だよ』って言った時に、すげえマイナスと思うやついない

[03:57]

今の「やばい」は、感嘆にも使えます。科学用語にもこれが起きます。名前は作られた当時の意味で付けられたものが、後年の常識の上では違って聞こえます。科学用語の意味シフトが日常語の意味変化と同じ仕組みで起きるとする読みは、私の類推にすぎず、断定はしません。それでも言葉の履歴を無視すると地図が読めなくなる、という実感はあります。

ホログラフィーや不確定性原理は「性質」の名前

三つ目の混乱源は、性質をそのまま理論にしてしまうことです。不確定性原理は、量子力学が持つ性質であって、理論そのものではありません。ホログラフィー原理も、量子重力が持つとされる性質です。たとえば「量子力学は確率的だ」と言うとき、確率的というのは量子力学という理論の性質であって、別の理論の名前ではありません。

重要な性質が分かると、それを名前にした理論が提案されます。1997年にマルダセナが示したAdS/CFT対応は、ホログラフィー原理を具体的な形で実現した例で、量子重力研究の一つの主流になっています。性質が先にあって理論が後から見つかる順番は、名前を読むときのヒントになります。性質を手がかりに理論を探すのは物理学では普通のやり方なので、「ホログラフィー理論」という名前に出会っても、それは理論の増殖ではなく別の軸の話だと見分けられます。「超弦理論」という名前も同じで、ひもを基本の単位に置く理論だという由来が付いています。だが名前からは、それがどのレイヤーの話かまでは分かりません。

名前が増えることと、世界の記述が増えることは別です。

枠組が破れて、上位の理論が生まれるまで

物理は自然のルールを数式で書く学問で、理論は一度できて終わりではなく、破れて作り直されます。野村氏はまず、枠組と現象を言葉で切り分けます。

ニュートン力学っていうのと、摩擦力っても、同じレイヤーの概念じゃない

[05:22]

ここで野村氏が切り分けているのは、ルールを書く枠組と、その枠組の中で説明される現象です。私はこの一言を、記事全体の見取り図として受け取りました。

ニュートン力学と摩擦力のレイヤーの違い

ニュートン力学はルールを書く枠組で、摩擦力はその枠組の中で説明される現象です。摩擦は電磁気力の二次的な現れとして書けます。枠組と現象を混ぜないことは、理論の関係を読むときの基本になります。摩擦力の式をいくら精密にしても、ニュートン力学という枠組の正しさは問えません。枠組と現象は、問われる問いがそもそも違うのです。

光速の世界とミクロの世界という二つの破綻

ニュートン力学は、二つの方向で破れました。光速に近い世界と、あまりに小さい世界です。

光速に近い運動では予測が観測からずれ、アインシュタインの特殊相対性理論がそこを引き取りました。小さな世界では原子や光の振る舞いが説明できず、量子力学が整備されました。この二つは、どこが合わないかがはっきりしていました。だから古い理論は廃棄されず、新しい理論の内部で、ある条件のもとでの近似として生き残りました。破れたのは適用範囲であって、正しさではありません。

新しい理論は古い理論を消しません。光速より十分遅い範囲では特殊相対性理論の予測はニュートン力学に落ちます。日常のスケールでは量子力学の結果は古典力学に近づきます。理論は交代するのではなく、上のレイヤーが下のレイヤーを包みます。私にはこれが、この対談の背骨に思えます。

特殊から一般へ

特殊相対性理論の「特殊」は、重力を含まない平坦な時空に限るという意味です。重力まで扱えるよう広げたのが一般相対性理論で、1915年に完成し、1919年の皆既日食観測で光の湾曲が確認されて広く受け入れられました。

核心は、加速と重力を原理的に区別できないと述べたことです。加速するエレベーターの中に立つのと、宇宙船の床に押し付けられるのは、乗っている人間には区別できません。日常の直感には反するが、理論の整合性からは外せません。ここまでの並びは、ニュートン力学、特殊相対性理論、一般相対性理論と、適用範囲が一つずつ広がっています。枠組が破れ、より上の枠組が生まれ、また破れます。その繰り返しの先に現在の物理があります。そうして積み重なってきた中で、重力だけが最後まで量子力学と折り合わずに残りました。

場の量子論というOSと、17種類の粒子

物理には量子力学と相対性理論という二つの大きな理論がありました。ところが両方を同時に満たす理論がありませんでした。量子力学は光速に近い粒子を扱えず、相対性理論は量子の効果を含みません。両方を持てるように作られた枠組が、場の量子論です。形ができてすぐ実用になったわけではありません。計算に現れる無限大をどう処理するかという繰り込みの手法が後に整備されて、ようやく道具になりました。

野村氏はこの枠組をOSに例えます。

ボックスというかOSなんで、そこにどういうアプリを入れるかは勝手

[18:39]

場の量子論は、どんな粒子でも力でも入れられる汎用の枠組です。だが実際にどの粒子とどの力が宇宙にあるかは教えてくれません。OSを起動しても、インストール済みのアプリの一覧は出てきません。何が入っているかを決めるのは実験で、その作業が素粒子論の本体になります。この比喩の効き目は、素粒子論の仕事の半分が中身の調査にあると突きつけたところです。

素粒子を入れるOS

物理学の仕事は二段構えです。OSである場の量子論を作る仕事と、そこに載せるアプリを実験で探す仕事。標準模型は後者の成果です。枠組と、その上に何を載せるかは、はじめから別の問題として立っています。

標準模型

その作業の成果が標準模型です。場の量子論の上に、実験で見つかった粒子を載せて組み上げた理論で、クォーク6種類、レプトン6種類、力を伝えるゲージ粒子4種類、ヒッグス粒子1種類の計17種類で、物質と電磁気力、弱い力、強い力の三つの力を説明します。数え方によっては16とも言われます。17と16の差は数え方の約束の問題で、中身が変わるわけではありません。クォークとレプトンが物質を作り、ゲージ粒子が力を伝え、ヒッグスが質量に関わります。

この理論の予測は観測と非常によく一致します。ここまで揃った体系は、私には物理の中でも異例に見えます。だから「標準」という名前が付いて、標準の位置に座っています。ただし標準模型は、何があるかには答えて、なぜその17種類なのかには答えません。「何が入っているか」と「なぜ入っているか」は、別の問いです。

ヒッグスが作る「力の混ざり」

力は、ゲージ理論という同じ形で書けます。光子の交換で電磁気力が伝わり、グルーオンの交換で強い力が伝わります。ところが電磁気力と弱い力を一つの理論にまとめようとすると、うまくいきません。その問題を解くために要請されたのがヒッグス粒子です。ヒッグスが真空にしみ込むことで「力の混ざり」が作られ、弱い力を担う粒子に質量が生まれます。2012年7月、CERNのLHCでヒッグス粒子が発見され、翌2013年にノーベル物理学賞を受賞しました。標準模型の最後のピースは、実験の側で埋まっています。

重力の手前で残る二つの穴

まだ数式化できない重力の量子版

標準模型に重力は入っていません。電磁気力、弱い力、強い力の三つは場の量子論の言葉で書けますが、重力だけは量子力学と組み合わせると破綻します。重力の量子版である量子重力は、この地図で最も白い部分です。

有力な候補の一つが超弦理論で、この記事でもそこを中心に見ます。超弦理論は物質の最小単位を粒子ではなくひもの振動として捉える考え方で、数学的にはうまくいくが、観測で完全に確かめられてはいません。しかも限られた状況でしか数式化できません。標準模型が得意なのは、重力が弱くて量子の効果が穏やかな場面が中心です。両方が同時に効く極端な状況では、言葉が尽きます。

ここで紛らわしいのが、量子重力と「万物の理論」の関係です。重力を量子化する話か、すべての粒子と力を決めてしまう話かで強調点が変わり、概念としては別物です。多くの物理学者は同じ完成形を指すと考えていますが、私には見通しの範囲にしか思えません。断定はしません。

見えない質量、ダークマター

標準模型の外側にも、大きな穴があります。宇宙の質量の大半が、標準模型の17種類の粒子のどれにも当てはまらないことです。発見の経路を、野村氏はこう言います。

物質がありさえすれば重力を必ず感じる……銀河の中の星がどう動いてるかを見ると、どれだけ質量があるかが分かる。一方で、見える分はカウントできて、全然足りない

[49:08]

銀河の星の速度を測ると、見える星やガスだけでは説明できない質量があると分かります。1970年代にベラ・ルービンらの回転曲線の観測が定量的な手がかりになり、銀河の種類を問わず同じズレが繰り返し出ました。私はこれを、一つの天体の話ではなく宇宙全体の構造の話だと受け取りました。ダークマターは、重力から「ある」ことだけは確実に分かるが、細かい性質は分かりません。

ただこれは、場の量子論という枠組そのものが破れている話ではありません。標準模型を広げて未知の粒子や相互作用を入れる候補が並ぶ領域です。ダークマターの正体が超弦理論の追加次元や隠れたセクターと関係するという見立ては、現状の観測からは推定の域で、私は仮説の一つとして受け取っています。

大統一と2012年のヒッグスは別物

もう一つの穴は、形の似た三つの力がなぜ三つに分かれて存在するのか、という問いです。三つの力はどれもゲージ理論という同じ形をしています。であれば、高いエネルギーでは一つの力に戻るのではないか。この考えをまとめたのが大統一理論で、原型は1974年にジョージとグラショウが示したSU(5)モデルです。陽子の崩壊を予言しますが、観測されたことはありません。陽子崩壊が観測されない限り、大統一は仮説のまま残ります。それでもこの筋の魅力は、三つの力が同じ形をしているという事実の側にあります。

ここで紛らわしいのが名前です。大統一理論が予言する粒子も「ヒッグス粒子」と呼ばれることがありますが、2012年にLHCで見つかったものとは別物です。観測済みのヒッグスは標準模型のピースで、大統一のヒッグスは未発見の別の粒子。同じ名前が違うレイヤーのものを指します。まさに冒頭の犬のたとえが再発する場所です。

ビッグバンとインフレーションは「現象」の名前

宇宙論の用語も、同じ罠に足を取られます。ビッグバン理論もインフレーション理論も、素粒子の理論に基づいて起こった現象に付いた名前で、理論のレイヤーの話ではありません。「ビッグバンの前には何があったか」という問いは、どこをビッグバンと呼ぶかの定義の問題に戻ります。

インフレーションは、宇宙の始まり直後に急激な膨張があったとする考えで、1981年に佐藤勝彦とアラン・グースがそれぞれ独立に提唱しました。観測される宇宙マイクロ波背景放射のゆらぎは、この描像と整合しています。インフレーションもビッグバンも、観測から要請された説明の名前であって、頭から作った物語ではありません。

「ビッグバン」という言葉自体、1949年にフレッド・ホイルがBBCのラジオ放送で揶揄として使ったのが広がったものです。後に宇宙マイクロ波背景放射が1964年に発見され、宇宙が熱い始まりを持ったことが広く受け入れられました。この発見でペンジアスとウィルソンは1978年にノーベル物理学賞を受けています。言葉が現象に貼られたラベルで、定義の問題が先にあると分かれば、この辺の論争の大半は消えます。「前」「後」という言葉も、どこに基準を置くかで意味が変わります。

重力は「力」ではないという見方

もう一つ、名前のレイヤーが効くのは「力」の数え方です。一般には、自然界の力は重力、電磁気力、弱い力、強い力の四つとして数えます。しかし重力は、一般相対性理論では力として扱われません。三つの力はゲージ粒子の交換として書けますが、重力は時空そのものの歪みとして記述されます。だから「重力は力ではない」という見方があります。四つと数えるのは日常の感覚に寄せた言い方で、理論の構造としては三つと一つに分かれます。

言葉の地図を手にすると世界がどう見えるか

野村氏は最後にこう締めます。

言葉を定義しないと、全く意味のないことで混乱する可能性がある

[59:38]

この61分は、物理の入門でも最先端の紹介でもなく、理論の名前を整理する方法論の話でした。私はこの対談を聞いて、物理の理論を眺める目が少し変わりました。レイヤーの区別が手に入ると、ニュースで見かける「重力の量子化」「大統一理論」「ダークマターの正体」といった断片が、地図上の位置として見えます。

「世界はこうなっている」という着地点に置き直すなら、この地図の一番の教えは、未完成の部分の方が広いということです。標準模型はよくできています。だが宇宙の中では、説明済みの部分はむしろ少数派です。残りの大半は、名前が付いて中身が決まっていない領域が占めています。

私はこの白い部分を、欠陥ではなく現状として受け入れるのがいいと思います。言葉のレイヤーを区別する習慣は、物理に限りません。同じ言葉が時代によってずれること、ラベルが現象そのものと違うことは、どこでも起きます。理論名と性質名を見分ける目を持てば、物理の全体図はつながります。白い部分を見ても、混乱ではなく次の問いが見えます。それがこの対談が残してくれたものです。

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