Philosophy & Religion

ルターからスピノザ、そしてトランプ。五百年でリベラリズムはなぜ綻びたか

番組「佐藤航陽の宇宙会議」に招かれたのは、宗教学を専門とする立教大学文学部教授、加藤喜之さんです。プリンストン神学大学院でPhDを取得し、東京基督教大学の准教授を経て、ケンブリッジ大学とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで客員フェローを歴任。著書に『福音派 終末論に引き裂かれるアメリカ社会』があります。聞き手はホストの佐藤航陽さん、進行役は片山俊大さんです。

私はこの鼎談を、西洋の近代が宗教という土台からどう生まれ、どこで綻びたかを、五百年の線でたどった記録として読みました。資本主義も科学もリベラリズムも、今の状況だけを切り取って語ると空転します。アメリカの分断も日本の違和感も、その系譜の中に置けば構造として見えてくる。そんな見方で、この記事を書き進めます。

鼎談が辿った、五つの転換点

冒頭で佐藤航陽さんが、戦争も科学も、現代社会のほとんどは宗教がベースになっているのに、数百年たってそのことが忘れられている、と問いかけます。それに応えて加藤氏は、宗教改革を皮切りに、資本主義、科学、スピノザ、リベラリズムと、五つの転換点を順にたどりました。ここでは最初の宗教改革と、そこから直接つながる資本主義、そして終点のリベラリズムを取り上げます。真ん中の二つは、この後の節で掘り下げます。

加藤氏の見立てでは、最初の転換、宗教改革は、ルター一人の英雄譚ではありません。ペストで労働力が足りなくなり、賃金が上がって農民の権利が上昇しました。ところが気候変動で、その権利が再び剥奪されます。不満が溜まりに溜まったところへ、ルターの言葉が載ったのです。

そもそも宗教改革って、ルターがヴィッテンベルクの教会の扉に95か条の論題を張って始まったと思われがちなんです。確かにそれはそうなんですけど、その時代の大きな気候変動とか、農民たちの領主たちへの不満とかっていうのが、結構爆発的に溜まってた時代だったんです。

加藤氏の見立てでは、時代が求める構造が既にありました。加えて、活版印刷という技術がなければ、ルターの言葉はここまで広まりませんでした。聖書の印刷でグーテンベルクは倒産したのに、短いパンフレットや免罪符の一枚刷りは爆発的に売れて、印刷は産業として育ちました。宗教改革は、ルター個人の言葉の力だけでなく、経済的条件と技術革新が揃ったことで起きた出来事でした。

二つ目の転換は資本主義です。加藤氏は、これをウェーバーの有名な理解に沿って述べます。ルターが仕事に尊厳を与え、さらにカルヴァン派が予定説から独特の神学を作り出しました。蓄えたお金を自分の楽しみに使わず、再投資し続ければ、さらに神の祝福が見える。

ため込んでもいいんだけど、それを自分の消費のために使ってはいけない。どうすればいいかというと、それをさらに再投資していく。蓄積した資本を、消費あるいは分配ではなくて、それを再投資していくことで、さらに神の祝福を見ることができるっていうことを考え出した人たちが、初期のカルバン派だったっていうのがウェーバーの理解なんですけど。

ただし、加藤氏は諸説あり、と断りました。加藤氏の説明では、キリスト教社会にも利子禁制がありましたが、中世には出資を投資と見なして利子禁令を迂回する仕組みもありました。資本主義がこの神学から直接生まれたわけではなく、その道筋はかなり遠回りでした。

そして、私の見方では、リベラリズムもまたこの系譜の末端にあります。ロックが「生命・自由・私有財産」を人権として掲げ、政府はそれを守るためにあると主張しました。その破れ目が、私には現代アメリカの分断として見えています。鼎談は、ここまでの流れを一気に辿りました。

ルターという「今のSNS」

ルターを世界史の偉人だと思っていると、加藤氏の人物評に驚きます。

我々は世界史的な人物で偉人とか思うけど……どっちかっていうとちょっとトランプっぽいんですよ。クレイジーだし民衆の言葉で語れて……イーロン・マスクとトランプをくっつけたみたいな感じのような人ですけど。

と加藤氏は言います。民衆の言葉で語れて、演説がうまく、カリスマがある。そして何よりメディア戦略に長けていました。画家のクラナハと組んで、若い頃の修道士時代の肖像を意図的に描き直し、真面目な人物というブランドを作り、教皇をサタンのように描き出して敵のイメージを固めていきました。文体も、学者の読みづらい文章から、読み書きの苦手な人にも届く柔らかいものに変えたのです。シンプルな言葉で言い切る。短いフレーズで決め台詞を放つところまで含めて、今のSNSで言えば炎上を意図的に起こすタイプの天才です。

この動きを可能にしたのが活版印刷でした。歴史家アイゼンスタインは『印刷革命』で、宗教改革の広がりは活版印刷なしには起きなかったと論じています。加藤氏の見立てでは、聖書の知識を教会が独占していた時代、印刷で聖書とパンフレットが大量に流れ始めると、エリートたちはギリシャ語の原典を読めるようになり、教会の教えと本文が食い違っていることに気づいていきます。教会は免罪符を売って献金を集め、宗教が経済ビジネスの様相を帯びていました。原典を読んだルターが、聖書にはそんなことは書いていない、と批判したところに、人々の不満が一気に流れ込んでいきました。ルターの主張が喜ばれたのは、そこに既に民衆の不満があったからです。

佐藤氏はこの一連の流れを、世の中が求める物語がタイミングよく当てはまった状態だと評していました。加藤氏も、ある時代に受け入れられる物語はその時代の需要とリンクしている、と認めていました。正しいかどうかは別にして、という但し書き付きで。

私はこの構図が、そのまま今の情報革命に重なると思います。聖書の知識を教会が独占していた構造は、私には今の巨大な企業が情報を握る構造に重なって見えます。新しいメディアが古い権威を崩すという構図も、私には宗教改革と今の情報革命で重なって見えます。いま起きていることを歴史の外側の出来事と見るのは、逆に間違っているように思えます。

近代科学の宗教的起源

科学と宗教は対立するものだ、という思い込みは、近代科学の創設者たちを見るとあっさり崩れます。ケプラーは牧師志望でしたし、ニュートンは神学の著作の分量が科学を上回るほどでした。

加藤氏の見立てでは、この人たちを動かしていたのは、この世界には超越的な神が与えた自然法則があり、それを観察と数学で読み取れる、という前提です。デカルトがそれまで別々だった物理学と数学を一つにし、自然の法則は数学で解ける、という発想で科学が大きく回り始めたのです。ベーコンは『ノヴム・オルガヌム』で実験科学という方法を打ち立てました。コペルニクスの『天体の回転について』が出たのは1543年ですが、これは直ちに禁じられたわけではありません。禁書になったのは1616年、ガリレオが異端審問にかけられたのは1633年です。コペルニクスの刊行・禁書・異端審問の時期には差がありました。

加藤氏はこれを、聖書という文書の解釈の問題として読み解きます。聖書は救いについては確かだが、自然現象については比喩的に書かれています。そう考えた人たちが、より良い読み方を求めて観察と数学に熱中し、結果として近代科学が生まれました。加藤氏の見立てでは、科学は神への敬虔さそのものから始まりました。

加藤氏によると、転換は宗教戦争の後に起きました。三十年戦争を終結させたウェストファリア条約は1648年、ホッブズが『リヴァイアサン』を書いたのが1651年です。荒廃したヨーロッパで、教会がそれだけの力を持つのは危険だという空気が広がり、主権国家の体制が作られていく。国家が安全保障上、最先端の科学技術を必要としたことで、科学者たちは庇護され、神がいなくても世界は説明できるという考え方が表に出られるようになりました。

加藤氏の見立てでは、その流れが最も尖った形で現れたのがフランスでした。教会の権力がまだ強く残っていたフランスでは、知識人たちの反発は表に出せず、地下文書という形で流れました。十八世紀のフランス革命を経て、教会そのものを邪魔だと見なす急進的な考え方が市民社会に浸透していきます。三十年戦争の荒廃を経た地域と、教会の力が残った地域では、神を扱う温度が違っていたようです。

古代ギリシャ以来、エピクロスやルクレティウスの物質論は、教会に抑圧されることもありました。ルクレティウスの『事物の本性について』は1417年に再発見されました。国家の庇護という条件が整ったとき、その考えは表に現れました。私はここに近代の皮肉な構造を見ます。敬虔さから出発した科学が、いつの間にか神を必要としなくなる。私の読みでは、自然は人間が支配すべきものという新しい自然観が生まれ、ペストや病気に抗うために科学を発展させる近代のプロジェクトが始まりました。先ほどの前提、神が与えた自然法則を数学で読み取るという考えを引き継ぐ限り、人間は運命に抗えるというその考え自体も、私には神学的な発想の延長にあるように見えます。だとすれば、神を追い出した後の科学が、今度は何に支えられるのかという問いが残ります。

スピノザと自由意志の否定

加藤氏の見立てでは、スピノザは、神を敬虔に信じすぎた末に、神と自然を同一視した人物です。神即自然。1656年に破門され、1677年に『エチカ』を刊行したスピノザのこの考えは、研究者の間でも解釈が割れています。唯物論だという読みもあれば、汎神論だという読みもある。十七世紀当時は、むしろ完全な無神論として、あるいは物質論として受け取られて批判されました。

この自由意志の否定について、加藤氏はこう述べました。

その自由意志、我々が何か明確に選べるっていう自由意志自体は、幻想で、主観としてそう見えるだけだったよね。そういう形で説明をしようとしたのはありますよね。

加藤氏の見立てでは、選択の感覚そのものはあるが、それは主観的な見え方に過ぎません。この世界は隙間のない法則で張り巡らされていて、我々はその流れの中にいるだけです。極めて機械論的な帰結ですが、神を信じすぎた末に出た結論と見ることもできます。全ての場所に精神が宿るという点ではアニミズムにも近く、アジアの仏教者にスピノザが好まれるのも、そういう多義性のせいです。

加藤氏の説明では、この自由意志の否定は、その後の哲学の流れに影響を与えました。ヘーゲルが精神こそ全てだと言い、ヘーゲル左派がそれを反転させて、物質でも構わないと考えました。フォイエルバッハは、神や理想の善は人間の投影だと論じました。マルクスは「宗教は人民のアヘン」という言葉を残しました。ただし加藤氏は、この言葉はもっと優しく読める、と述べます。工場で過酷に働かされる人々が、痛みを和らげるために宗教に行く。その社会の機能をマルクス自身は理解していたからこそ、宗教を否定するだけでは足りず、労働運動へ向かっていきました。

なお、社会主義は必ずしも宗教の否定と結びつくわけではない、というのも加藤氏の補足でした。平等の根拠を宗教に置く人もいれば、物質主義に置く人もいて、キリスト教的社会主義という流れもありました。マルクスのアヘンという言葉も、宗教そのものを敵視したというより、痛みを和らげるために宗教へ逃れる人々の現状への批判だと読むこともできます。

ここまでたどると、スピノザは一つの分水嶺に見えます。神への信仰から始まった近代が、神を自然に置き換え、その自然さえも必要としなくなる。宗教が担っていた人を納得させる物語の役割だけが、ぽつんと残される。この置き換えの流れをたどる限り、リベラリズムも共産主義も、私には同じ宗教の系譜の中にいるように見えます。

アメリカの分断と、日本の「宗教」

加藤氏の見立てでは、リベラリズムは、ロックの時代には王と教会の専制に対抗する武器でした。ところが十九世紀以降、経済的リベラリズムと文化的リベラリズムに分裂し、やがて両方とも機能不全に陥ります。加藤氏はデニーンの『リベラリズムはなぜ失敗したのか』を引き、中間組織の破壊を論点として挙げます。個人と国家の間にあった家族や共同体が解体され、個人は国家と直接向き合わざるを得なくなりました。

ピュー研究所の調査では、米国の中間層が占める所得シェアは1971年に61%だったのが、2015年には50%に落ちました。NAFTAの発効や中国のWTO加盟の後、中西部では製造業の雇用が失われていきました。加藤氏は、共同体が破壊され、頼れるものがドラッグかアルコールか宗教か、という状況になったと述べます。トランプが支持されたのは、それだけの需要が民衆側にあったからだというのが加藤氏の見立てです。

この構図に、佐藤氏はもっと踏み込んだ言い方で切り込みました。

リベラリズムって当時聞いた時、覇権国家のナラティブですよね。アメリカが自分の価値観っていうのを世界に広げていくために、めちゃくちゃ都合の良くなってるなと思うんですけど。

と佐藤氏は言います。シリコンバレーやニューヨークのエリートたちの周りにはトランプの支持者がいず、誰があれに投票しているのか分からないという話を、佐藤氏は聞いたそうです。佐藤氏から見れば、高所得層と低所得層が交わる空間が消えています。王様の住む場所と貧民の住む場所が完全に分けられた、中世と同じ階級社会が現れている。だからトランプ現象は革命運動として理解する方がいい、と。私はこの見方がこの鼎談で一番印象に残りました。

佐藤氏の見立てでは、このナラティブがインターネットで最も分かりやすく機能しました。情報は開放すべきで、囲い込むのは悪です。その論理で各国に受け入れを迫り、世界はそれに乗りました。産業は巨大なIT企業に吸われ、中国だけが早い段階でファイアウォールを張ってブレーキをかけました。佐藤氏はそこに、ナラティブの強さと、それに乗らない判断の重要さの両方を見ています。

では、日本はどうか。加藤氏は、日本の福祉制度と再分配機能はまだ機能しているが、それがいつまで持つかは分からない、と強調します。エリート政治家たちは、米国社会みたいになりたいですか、と問われるべきだ、と。西洋のシステムが日本の土壌と合わない理由を、加藤氏は言葉のレベルまで遡って述べます。

宗教っていう言葉が日本人に解釈し始めたのって、結構最近のことで、明治以降の話なんですよね。……これが明治6年とか1874年以降ぐらいになんとなく宗教って言葉に定着していくんですよ。だから元々なかった言葉なんですよ、日本の中には。

と加藤氏は言います。西周が『百一新論』で religion を宗教と訳した通説が示すように、この言葉は教義や教祖、教会や儀礼を備えたキリスト教的なシステムを指して作られました。神道は宗教ではなく伝統と区分され、日本人は信仰なき所属という形で神社に行き、墓を守る。意識的に信じているわけではないけれど、家族だからやる。その言語化されない感覚を、西洋のキリスト教が偶像礼拝だと否定すると、日本人は過剰反応する。

私はこの説明で、日本の宗教アレルギーの正体が分かった気がしました。加藤氏の説明では、日本人は宗教を信じていないのではなく、宗教という言葉で分類されない信仰の形を持っています。言語化しない文化は、言語化する異文化と出会ったときに過剰反応する。この構図は、リベラリズムが輸入されたときの日本の反応にも重なります。

AI時代に人間に残るもの

佐藤氏の見方では、AIをめぐる予言には過剰なものが多い。AIは大げさな道具ではなく、言語や文化と同じ、全員が平均化した情報を返してくるツールです。人間の祈りは、とても複雑なものです。そちらの複雑さの方がよほど凄まじい。テンプレートを返す道具にだけ驚くのはおかしい、と。

その上で佐藤氏は、新しい物語の必要性へ話を進めます。人間の知能は、メタ的な物語を受けられる水準に達しました。ならば、宇宙全体や地球全体、そして自分の身体を超えた時間軸の物語を共有する、メタ宗教的なものが一つ発明されてもいい頃です。科学も宗教も政治も、今はバラバラの領域に見えるが、それらを統合する物語を作るのは勇気の問題であって、能力の問題ではありません。

加藤氏はその言葉に深く同意しながら、歴史の暗い側面も忘れないよう促します。大きな技術革新と大きなプラットフォームの変化のたびに、大きな戦争が起きてきました。宗教戦争、三十年戦争、主権国家同士の争い、原爆。核という巨大な道具を人類は何とかコントロールしてきましたが、AIという新しい道具をどう管理するかはまだ分かりません。加藤氏は、AI時代の倫理についてキリスト教的な価値観から声明を出したローマ教皇に触れ、そこで繰り返されたのは公共善という言葉だったと述べます。だが、その道具を手にした人たちが本当に公共のために使うのか、加藤氏は疑問を残しました。

ただし、加藤氏の語調は悲観ではありませんでした。加藤氏の見立てでは、技術革新のたびに戦争が起きてきたのは事実ですが、それを避けられるかどうかは、エージェンシーとして責任を引き受ける人たちの勇気にかかっています。第二次世界大戦のような甚大な被害を二度と起こさないために、今動ける人たちが動くべきだ、というのが加藤氏の締めくくりでした。

鼎談の最後、二人の向かう先は意外なほど近いものでした。佐藤氏は、AI時代に価値が高まるものとして、身体性と物質と法的責任を挙げます。人間と人間が身体性を持って集まり、お祈りをし、祭りをし、墓を守る。誰かがやらかしたら、その責任を引き受ける。それらは全て、AIが持てないものなのです。AIが何を生み出しても、最後に責任を負うのは人間で、それはこれまでと変わりません。人間の仕事が少し切り替わるだけだ、と佐藤氏は見ています。これは中世の社会に戻る感覚に近い、と佐藤氏は述べます。私は、五百年の線で見れば、リベラリズムが宗教から生まれて分かれていったものが、また人間の身体と責任へ戻ってくると考えます。私はこの対談を聞いて、近代が宗教からの解放だと思い込んでいた自分が、実はその宗教が作った土台の上に立っていたことに気づきました。綻びを直す材料は、意外なことに、その土台の中に残っています。

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