AI

ハムスターの車から降りる場所 佐藤航陽が語る社会というプラットフォーム

この対談は、YouTubeで公開されている番組『宇宙会議』の回です。聞き手の質問に佐藤航陽さんが答える形で進み、AI時代に何が残るのかから、人が群れる理由、科学と社会の構造までが、一本の線でつながっています。

対談の中で佐藤氏は、シンギュラボを始めてからずっと考えてきたこととして話を進めます。この対談では、その活動がどんな考え方から生まれているのかを、群れの話として聞くことになります。

私がこの対談で追いたいのは、社会そのものがアルゴリズムの罠だ、という一点です。この言葉を聞いたとき、私の周りにも、目的を確かめないまま同じ場所を回り続ける仕事がいくつもあると思いました。なぜ人は群れるのか。AIに合理性を任せた先に何が残るのか。佐藤氏の話を、自分の実感と突き合わせながら確かめていきます。

対談の要点

この対談のコアメッセージは、ひとことで言えば、人は群れるために存在する、ということです。佐藤氏は最初に、AI時代に何が残るかを整理します。その答えは、現物と人間関係の二つ。資料の作成や情報の整理のような仕事はAIに任せればよく、残るのは五感で物理世界に触れる能力と、人と人の関係を作る能力だけ。議論したり相談したりするプロセスそのものが価値であって、そこから生まれるアウトプットは重要ではありません。そういう整理から入ります。

佐藤氏が例に出すのはボクシングです。勝つことが目的なら、銃を持ち込む方が早いはずです。それでも人が拳で向かい合うのは、勝ちたいからではなく、人と絡み合う時間そのものが欲しいから。そういう見方です。

ここで対談の言葉を引用します。

実はそっちがむしろ手段で、なんなら群れること自体が目的。

お金を稼ぐ、勝つ、成長する。普段はどれも目的そのものに見えますが、時間軸を何億年まで伸ばせば、それらは人が群れるために作った言い訳で、手段と目的が逆転している、というのが佐藤氏の読み方です。人が群れないと生殖も生存もできなかったから、群れを維持するための理由を、人間は時代ごとに発明してきただけだ、と。宗教は祈り、科学は真理の探求という大義で人が集まる装置で、ピラミッドは風化しない石で次の世代まで集団を保つための合理的な選択で、人類は孤独にならないための装置を積み上げてきた、という見立てです。

この孤独への嗅覚に、関連しそうな数字をいくつか並べます。2020年の国勢調査では、単独世帯が最も多い世帯類型になりました。1世帯あたりの人員は1960年ごろの約4人から、2020年には約2人まで減っています。孤独と死亡リスクを調べた Holt-Lunstad らの研究(2010年)では、孤独は喫煙や肥満に匹敵するリスクとされています。私はこのデータを、単身化が進むほど群れることが手段から目的へと戻っていく、という佐藤氏の言葉を支えるものとして読んでいます。

そして佐藤氏は、この対談の中心にある問いを置きます。社会そのものが、人が目的を問わないようにできているのではないか、と。この問いの答えは、ハムスターの話のところで見ることにします。

SNSが新聞になった後

対談の後半、話題はメディアに移ります。佐藤氏の見立ては、SNSがマスメディアとほとんど同じになった、というものです。SNSはもともと、新聞やテレビへのアンチテーゼだった、と。日本では2004年にmixi、2011年にLINEが始まりました。その後、FacebookやTwitterが広まりました。

佐藤氏の見立てはこうです。しかし今は、タイムラインを見ていても、新聞やニュースを扱っているのとほぼ一緒になっています。

SNSが完全にマスになって…タイムラインとか見てると新聞とかニュースを扱ってるとほぼ一緒になった。

SNSがマスメディア化したので別の場所を求め始めて…個別の小さなコミュニティが生まれてるだけだな。

マス化した場は、既に強い者に有利に働き、常に繋がっていて、既得権を持っている人たちが強い、というのが佐藤氏の見方です。TikTok のような新しいメディアが出るたび、そこは一度だけ出発できる場所になり、若者は新しいメディアへ移る。総務省の情報通信白書でも、よく使うSNSは世代で偏り、若い世代ほど新しいサービスを使うとされています。

若者が新しい場所を求めるのは、気分の問題だけではないように思います。私は、新しいメディアが現れたときだけ、一度は同じスタートラインに立つのだと思う。だから若者は、その一度きりの機会を追って移動するのだと思います。私にもその感覚があります。学生時代に読んでいた場所の多くは消え、いま読んでいるのは別のサービスです。引っ越すたびに、その場所は少しずつ大衆化していきます。

経済学には、二面市場という枠組みがあります。Rochet と Tirole が2003年に定式化し、Tirole は2014年にノーベル経済学賞を受けました。広告で成り立つメディアは、読者と広告主という二つの面を同時に相手にする市場として理解されています。私は、この枠組みを思い出すたびに、マスメディアの経済がどう回っているのかが少し説明できる気がします。

もう一つ、2001年にダベンポートとベックが出した『注意の経済』という本があります。情報があふれる時代に、注意こそが希少な資源になると説いた本です。タイムラインが新聞と同じ並びになったのは、この注意という資源の奪い合いが構造化された結果だと、私は見ています。

私は、この対談を聞きながら、自分がSNSに求めているものも同じではないかと思いました。私は、タイムラインは注意の奪い合いの場になり、そこで読まれるには新聞が昔から求めてきたのと同じ、目立つ見出しと反応の速さが必要になると思う。対談の中の言葉では、話題も一緒になっています。マスメディア化とは、その均一さのことだと思います。

その先で佐藤氏が注目するのは、次の動きです。SNSがマスメディア化したので、人は別の場所を求め始めている。個別の小さなコミュニティが生まれているだけだ、と。私はここに、新しい技術の登場ではなく群れの形の変化を見ます。そしてこの群れの形の話が、次の節の主題です。

ハムスターの車と、そこから降りる場所

佐藤氏はこう見ています。群れの形は変わってきましたが、群れること自体は変わりません。株式会社や大学も、かつては希少だった一つの群れの形でした。

会社という群れへの移行

戦後は家族や地域社会が群れの中心でしたが、高度経済成長とともに社会の中心が株式会社へ移った、というのが佐藤氏の整理です。法人格を手に入れること自体が、社長であること自体が、一つのステータスに見えた時代もあったように思います。

世界初の上場株式会社は、1602年のオランダ東インド会社です。日本の場合は、2006年の会社法改正で最低資本金規制が撤廃され、1円で株式会社を設立できるようになりました。佐藤氏の見立てでは、会社を持つことのハードルが下がった結果、株式会社と法人格を持たない集団の差も縮みました。

大学も同じです。現存する最古の大学とされるボローニャ大学は1088年ごろに成立しましたが、中世の大学は職人組合、つまりギルドとして生まれています。大学に行けることは、昔は一つのステータスだったように思います。いまは枠が埋まらない大学が増え、勉強会の方が質が濃い、と佐藤氏は見ています。労働力調査を見ても、自営業主や家族従業者は戦後大きく減り、いまは雇用者が大半です。私はここに、群れの形だけが少しずつ変わってきた歴史を見ます。

降りる場所の具体例

ここからが本題です。群れの形が変わっただけなら、話はそこで終わります。佐藤氏が問題にするのは、どの群れも、何のためにやっているのかを問わせない仕組みになっている点です。YouTube や Twitter のタイムラインの話ではありません。社会そのものが、プラットフォームだ、と。

この社会そのものがプラットフォームなので、そのプラットフォームにうまくはめられた結果、疑いをなくしてる。そこを一旦外す場所がないとおかしくなっちゃうんじゃないかな。

プラットフォームにうまくはめられた結果、疑いが薄れていく。佐藤氏はそう説明します。ハムスターの車は、まさにこの構造の絵です。

ハムスターが回してる車あるじゃないですか。あれに全員を乗せるっていうために存在してるので。楽しいんだけども、一旦ちょっと降りてみる。本当は同じ場所回転してないかって気づく場所があってもいいんじゃないかな。

ハムスターの車は楽しい、と佐藤氏自身も言います。私は、回っていれば前に進んでいる感覚があり、足を止める理由がないように思います。求められているのは、降りてみる場所、同じ場所を回っていないかと気づける場所です。

学ぶことには二つの知り方がある、と佐藤氏は続けます。自転車の仕組みを知識として知ることと、実際に乗れることは、別の知り方です。学問として知る知り方と、現実世界に触れて体験値として理解する知り方。その両方を合わせ持った場所は少ない、というのが自分でシンギュラボを始めてみての実感だそうです。

対談の言葉のなかで、私はここが一番残りました。大きな問いを口にすると変な人扱いされる社会で、それを口にしていい、トライしていい場所。居酒屋の慰め合いにならないように、現実世界に手を突っ込んで変えていく実践までやる場所。降りる場所とは、問いを失わないための群れのことなのだと、私はその言葉で理解しました。

天動説と地動説

群れのための物語という見方は、科学にも向かいます。宗教は祈りという大義で人を集める装置で、ピラミッドは、風化しない石で次の世代まで集団を維持するための合理的な選択で、読み取り機が消えれば終わりのソフトウェアより、媒体としては強い、というのが佐藤氏の見方です。

では科学はどうか。今いちばん疑えない権威は科学と客観だ、と佐藤氏は言います。そこで持ち出すのが、天動説と地動説です。

コペルニクスの天動説、地動説の話がありますけど…ちょっと待ってよ。止まってるものがどこにあるんだ?止まるって何だ?…これ結局根拠レスだし、どっちがしっくり来るかだけの問題じゃねえか。

天動説と地動説のどちらが正しいか。私が学校で受けた科学史の授業では、昔の人は愚かだったと教えられましたが、佐藤氏はまず、止まるとは何か、動くとは何かと問います。数百年前に天動説を信じていた人たちと同じ空気感で、私たちはいま地動説を信じているように思います。科学の正しさも、突き詰めれば信じるしかない地点に至る。ここにその科学観の中心があります。

科学史をたどれば、地動説が一度に全員の合意を得たわけではありません。コペルニクスが『天球の回転について』を出したのが1543年、ケプラーが楕円軌道を打ち出したのが1609年、ガリレオが宗教裁判を受けたのが1633年。何世代もかけて、空気が変わっていきました。

地動説が広く受け入れられるまでには、長い時間がかかっています。私はこの時間の長さに、科学がどれほど社会と結びついた活動なのかが表れていると思います。「しっくり来るかどうか」という言い方には、個人の好みだけではない、社会の手続きの時間が含まれているように、私は聞きました。

科学哲学にも同じ景色があります。ポパーは1934年、科学を反証可能な命題の集まりとして定義しました。クーンは1962年の『科学革命の構造』で、科学はパラダイムの交代で進むと描きました。1965年、ロンドンの科学哲学コロキウムで二人は直接対決し、その討議は『批判と知識の成長』(1970年)に収録されています。私は、反証可能性という基準そのものは反証できず、科学の方法の正しさも、科学の内側からは証明できないと思います。私はこの対談を聞いていて、ここが科学の話の要だと思いました。

私は、この「決めの問題」という言い方を聞きながら、科学を絶対視しないことと、科学を使い続けることは両立すると思いました。私自身は科学を否定するつもりはありません。計算や検証の手続きは、人類が手に入れた最も確かな道具の一つだと思います。それでも、その道具の正しさを最後まで支えているのが、私たちの「信じる」という態度であるなら、「決めの問題」は、私たち全員の話になると私は思いました。科学を否定した上で世界を矛盾なく説明する存在が、次のパラダイムとして現れる、と佐藤氏は見ています。私は、300年、500年のスパンで見れば、今私たちが疑っていない前提に切り込んでくる人が現れるように思います。そして科学が今、その前提になっている、と。

アーティストとコンサルタントの間

最後に、話はAI時代の人間に戻ります。何が残るかという整理は、冒頭から一貫しています。私は、残るのは現物と人間関係の二つだけだと思う。私自身も、資料づくりや情報の整理に使う時間が増えるほど、何かを実際に作る時間の方が記憶に残ることに思い当たりました。

ここで言う現物とは、世界を動かすエネルギーが形を変えたものです。合理性や情報の整理のような道具はAIに任せられるが、形そのものを身体で作ることは任せられない、と佐藤氏は言います。私はこの整理が、明快すぎるほどシンプルだと思いました。

その根拠として、知能と生命の切り分けそのものが疑われます。

知能っていうのを生命から切り分けることできない…身体と環境と脳ってのはもうほぼ一体の存在だ。

私は、脳を司令塔のように考えているけれど、実際はお腹の調子が悪いと思考まで変わると思う。徹夜明けの考えが浅いのも、同じ身体の仕組みだと感じます。知能だけを切り出して、すごいことをしているように見えるのは古い考え方だ、というのが佐藤氏の見立てです。

佐藤氏は、汎用人工知能という言葉を避けて、汎用人工生命という言葉を使います。知能を生命から切り分けられないからです。計算能力だけを取り出して特別扱いするのは、人間の悪い癖だ、と。この視点に立つと、冒頭の「残るのは現物と人間関係だけ」という言葉の重みが、少し深くなります。

この感覚は、ロボティクスの経験とも一致しています。モラベックのパラドックスと呼ばれるものです(1988年)。チェスのような高度な論理より、積み木を掴むような身体のスキルの方が、AIにとっては難しい、という観察です。ヴァレラらが『身体化された心』を出した1991年以降、知能と身体の不可分は、認知科学の主題になってきました。佐藤氏の直感は、この流れと重なるところがあります。

その上で描かれるのは、未来人材の絵です。私は、アーティストのように情熱から、コンサルタントのように合理的である、の両方を持つ人だと思う。横にドラえもんのようなAIがいるのだから、そこそこ合理的な話はいつでも聞けると思います。足りないのは人間が忘れてきた生命性の方だ、というのが佐藤氏の結論です。

私は、片方だけを深くやっていれば、もう片方を疑うことになると考えます。合理性だけでは生命性が枯れ、情熱だけでは形にならないと思います。私は、この中間の場所が、実際にはいちばん難しい場所だと思っています。

私はこの位置づけが、この対談でいちばん現実的な提案だと思いました。合理性は外注できても、身体と環境と脳が一体になった生き物としての自分の扱い方は、誰にも外注できないからです。群れること自体が目的なら、その群れをどう育てるかは、AIの計算より身体の実感の仕事になる。

平和がレアな世界

対談の後半、安全保障の話になります。これは踏み込むべき問題というより、新しい常識として必要になった、と佐藤氏は言います。争いは人類のデフォルトで、知性学的に安定している時間の方が短く、冷戦の終結から続く約30年はたまたま異常な時間だった、と。

歴史を確認すると、江戸幕府は1603年から1868年まで約265年続き、その間、国内の大規模な戦争のない期間が長くありました。ベルリンの壁が崩壊したのが1989年、ソ連が解体したのが1991年。佐藤氏はこう見ています。争いのない時間は、人類史のなかでは例外だったことになります。

佐藤氏の比喩は単純です。雨が降ったら傘をさす。今まで雨が降らなかったからといって、傘をささないのはおかしい。雨が降り始めたのだから、傘をさそう、と。

私にとってこの比喩が効いたのは、誰も自分が傘をさしていないことに気づいていなかった、という点です。晴れが続けば、それが天気の標準だと思ってしまいます。私たちはその30年間に、争いのない状態を当然だと思う習慣そのものを育ててきたのだと思います。問われているのは、その習慣を手放せるかどうかだと思います。

一方、ピンカーの『暴力の人類史』(2011年)は、長いスパンで見れば暴力は減少していると論じました。私はこの対談で、どちらかを選ぶ必要はないと思いました。佐藤氏が言っているのは、この30年を正常と見なしていた私たちの見方の方が、実は例外的だったということです。

佐藤氏は、民主主義を名乗る国は世界でも少数派で、減りつつある、と見ています。株式会社は株主による支配であって民主主義ではないし、私たちが属する集団に民主主義的なものもほとんどなく、民主主義は、世界の中心で声の大きい国が標準だと思い込ませてきただけだ、というのがその読みです。

私はこの対談全体を、ひとつの読み替えとして受け取りました。社会は人を乗せるためのアルゴリズムの罠であり、争いは人類のデフォルトであり、科学も群れのための物語の一つです。どれも、当たり前と思っていた前提を一度外に置き直すと、別の形に見えます。そして、その外に置き直す場所を持つこと自体が、新しい群れ方なのだと受け取りました。雨の日には傘をさす。争いの時代には、問いを失わない場所を持つ。私はこの対談で、社会を疑うこと自体が、一つの群れ方なのだという視点をもらいました。

Comment

タイトルとURLをコピーしました